香山リカ氏は売名上手か
橋下市長が「香山氏は、一回も面談もしたことがないのに僕のことを病気だと診断してたんですよ。そんな医者あるんですかね。患者と一度も接触せずに病名が分かるなんて。サイババか!」とツイートしたのが発端で、ついに先日1月27日の朝まで生テレビ(録画だけど)で討論に至った香山リカ氏。
この人の印象はなんかのゲーム雑誌(ファミ通だっけ?)にコラムを書いていた程度の認識しかないのだけど、今ネットでニュースを追いかけるとこの人の名前を見ない日はないくらいになってしまいました。
そして、この記事を書くことで、自分自身もこの流れに一役買っちゃってるわけですけども、超微力故、それはあえて気にしない方向で。
正直、彼女の言い分は支離滅裂で、ツッコミどころ満載であるが故に、ネット上では話題になって彼女の書く記事も抜粋などではあるが目につきやすくなりました。
この支離滅裂発言をわざとやってるとしたらものすごい売名上手だと思います。
さて、一つ一つツッコミを入れていくと、すごいことになってしまうので、多少の引用とツッコミを入れつつ、なぜこんなに支離滅裂になるのかを考えてみたいと思います。
例になる事柄の時系列がバラバラになっているのは、お許しを。
まずは、2012年1月27日(28日早朝)の朝まで生テレビ中での「教師が君が代を歌えば犯罪率が下がるんですか?」発言について。
これはソースを用意できない(動画サイトを探せば見つかるかも知れないけど著作権法上保障されている引用の範疇を超える気がする)ので、テレビを視聴した時の記憶を頼りに文脈だけとります。
橋下市長の言い分は、「教師がルールを守っていると見せなければ、子供はルールを守る必要を感じないから、犯罪率が増える(可能性がある)。卒業式で君が代を立って歌うという業務命令には従ってもらうし、それができない教師は研修を行い、それでも改善されなければ免職する」といったもの。
先の東京都での最高裁判決を加味した内容に若干切り替えてきました。
それに対する香山氏の発言が、上記「君が代を歌えば云々」となるわけで、詭弁にすらなっていない支離滅裂加減なんですが、そもそも橋下市長はこの条例において、「君が代」についてこだわっているわけではなくて、「業務命令違反」についてこだわっているので、反論と呼ぶに値しません。
思想の自由を振りかざして業務命令に違反することが許されるかと言えば許されないと考える人の方が多いでしょう。
そして、幸いこの国に住む人たちには思想の自由の他に、職業選択の自由があります。
なぜ思想・信条として従いたくない業務命令が存在する職業を、それも競争率の高い公立校教師という職業を、わざわざ難関を抜けてまで選択するのか、に対する論理的説明もできていません。
もちろん、橋下氏自身のイデオロギーから来ている条例であるかも知れないことは否定できませんが、仮にそうであっても、理屈としては、「業務命令違反をする教師に教わって子供がまっすぐ育つのか」という至極当然のものがそこにあるので、なんら正当性を欠くものではなく、これに論理的に対抗するのはとても難しいことです。
そして、香山氏の件の発言となるわけですが、ここまで飛躍させないと対抗できない(対抗すら出来ていないというのはこの際おいておいて)というのは、大阪の教育基本条例反対に明確な理屈や論理が存在しないことになります。
ただの口喧嘩レベルです。
大体、因果関係の証明がほぼ不可能なことを持ちだして、正論を覆そうとする姿勢が間違いです。
だから支離滅裂でツッコミが入れやすくなるんですね。
人気(?)の秘訣です。
まあ、これはリアルタイムに話をして、自身が発しようとする言葉に対して熟考もできない状態ですから、つい口が滑った的な仕方ない部分はあるとして、次に、おそらくは自身の主張を整理し、推敲して書いたであろう文章を例に出してみましょう。
こちらはダイヤモンドオンライン2012年1月30日掲載分から引用で、
「では、現状のままでいいのですか」と言われ、「いや、そうは思わない」と答えると、「じゃ、代案を示してくださいよ」とさらに言われます。
しかし、精神科医である私にそんなことができるはずもないし、その権利もありません。私は、「改革はすべてダメ」と言いたいわけではなく、「改革の先の社会の基本的な軸を示してほしい」と言っているのです。
それは、公務員が何人減るとか、塾に行くクーポンが何枚配られるとか、そういうことではありません。「とにかく競争力ありき、実力者だけが生き残れる社会」なのか、「みんなで痛みを分け合ってでも誰もが安心して暮らせる社会」なのか、そういったことです。
といった彼女の記事(引用元:http://diamond.jp/articles/-/15901?page=2)。
この代案を示せ、と言っているのは橋下市長ですが、香山氏に代案を出す権利がない、そんなことはないはずです。
彼女の場合は、ただ、何にも考えていなかっただけか、それが出せない別の何かの理由があったかだけです。
代案は、ただの一般市民である我々にも出す権利はあります。
それを実行する権利がないだけです。
実行する権利を得るために議員になる、それができない人たちが、その権利を代行してくれる人を自分たちの代表として選出するのが民主主義における選挙です。
だからこそ投票は義務なのであって、義務を放棄した人間に権利を主張する資格はありません。
よしんば、この主張が正しかったとして、彼女は昨年の大阪市長選で平松氏の選挙応援演説に駆けつけてました。
その権利がないのなら、この応援演説をする権利もなかったことになりますし、あるいは、代案(つまり自身の政治的主張)もなしに、対立候補の政治主張に賛同していたという、自己矛盾を引き起こすことになります。
そもそも論にはなりますが、彼女は権利と義務について、はき違えています。
彼女には橋下市長の政策を公に批判・否定をする権利があり、その権利を行使するに当たって代案を出す義務が発生するのであって、著書やテレビで公に批判するという権利を行使した以上、代案を出すのは「権利」などではなく、この場合「義務」なのです。
「改革の先の基本的な軸」についても、大阪都構想で示しています。
各論はさておき、本質論としては、無駄を省いて、住民自治・住民による選択の出来る社会です。
つまり、「みんなで痛みを分け合ってでも誰もが安心して暮らせる社会」です。
第一、そんな具体性のかけらもない何をやるか分からないような美辞麗句だけで納得できるのなら、討論する意味も意義もありません。
我々有権者が為政者に望むのは、そうした社会を作るために「どうしていくか」を示し、実行してもらうことです。
そして、それを示したのが橋下氏であり、示さずに観念論だけに終始したのが平松氏です。
だから平松氏は負けたのです。
「とにかく競争力ありき、実力者だけが生き残れる社会」については話になりません。
競争のない世界はありません。
極論にはなりますが、競争をなくしたいのなら、受験戦争なんてものをなくして、全員、東大に入れてあげればいい。
競争の上に「みんなで痛みを分け合ってでも誰もが安心して暮らせる社会」が成り立っているのです。
だから両者を比較対象とすること自体ナンセンスです。
話がちょっとずれますが、公務員改革や議員定数削減が声高に叫ばれるようになったのも、彼らの給与が税金から出ているからです。
住民税なども合わせると、納税者の年収の20%以上が税金として徴収され、そのうちの一部が彼らの給与となるわけですから、そもそも民間平均所得とされる数値よりも高い水準の給与を彼らがもらっていては、破綻するのは当たり前です。
二重行政もこの問題に深く関わっていると言えますが、そうした無駄を省いて、その分を住民サービスに還元していこうとするやり方だけでも「みんなで痛みを分け合ってでも誰もが安心して暮らせる社会」を目指していることが明白です。
最後にこんなものを出しておきます。
ツッコミ(反論というのもバカバカしい)のためのソースが確かではないので、例としては最も古いわりに最後にもってきましたが、こちらもダイヤモンドオンライン2012年1月23日掲載分で彼女が書いた記事の引用です(引用元: http://diamond.jp/articles/-/15769?page=2)。
橋下さんに関する私の発言を指して、橋下さんは「会ったこともない人を精神病呼ばわりしている」と批判されています。
ネット上でも同じような批判が書き込まれていますが、これだけははっきりと申し上げておきます。
私は、橋下さん個人が病気だとは言っていません。
これは冒頭に書いた「サイババか!」に対する彼女の抗弁ですが、彼女の言い分としては要約すると「橋下氏に対する市民や国民の熱狂、そうした《橋下的なもの》が加速して切り捨てられる側の痛みが怖い」ということです。
橋下的なものってなんだよ、っていうツッコミを脇へおいて、これが事実なら橋下市長の「サイババか!」発言は的外れとなりますが、実際は彼女の共著「橋本主義(ハシズム)を許すな!」の中ではっきりと病名まで書いているらしいです。
らしいというのは、これが橋下市長が朝まで生テレビ中で付箋を沢山貼り付けた同著を出して、「なんたらパーソナリティ障害(こういうことに疎いので病名は失念しましたが)と僕を結びつけて書いている」と言われたからです。
「ハシズム」なんていう下らないレッテル貼りから始まっているような気味の悪い本など、個人的にページをめくることはおろか手に触れる価値すらないと思っているので、読んだことも読む気もないですが、結局香山氏もそれを認めてしどろもどろになっていたところをみると確からしいです。
これがソースが確かではないという意味です。
病名まで書いちゃってたら、もう病気だと断定してるじゃないか、と。
こんなもの言い訳にすらなっていませんね。
では、なぜ、こんなバカげた主張や抗弁・行動を彼女はするのでしょうか。
彼女自身はおそらく、頭の悪い人ではないはずです。
にも関わらずこんなに支離滅裂で、自己矛盾を起こすようなことをやってしまうのでしょうか。
論理的にどうしても辻褄が合わないことをやっていると気付かないのでしょうか。
ここからは、個人的な推測でしかありませんが、結論から言えば彼女は気付かずにやってます。
気付いていれば、頭のいいはずの彼女が、自己矛盾も甚だしいこんなにもバカげた記事を書くことはないでしょう。
というよりも、彼女の考えはおそらく別のところにあります。
それは単純に、「橋下氏が嫌い」であること。
嫌いな理由は分かりません。
イデオロギーの違いからかも知れません。
自分の既得権益(があるのかどうか知りませんが)を壊されそうだからかも知れません。
単純に今一番トピックになりやすい人気者であるからかも知れません。
また、本人がそう気付いているかどうかすら分かりません。
それを隠そうとして、あるいは自分自身認めたくなくて、理論武装をしようとするから支離滅裂になるのです。
だから「代案を示せ」と橋下市長に言われても代案なんて出せないのです。
ないものが出せるわけがありませんね。
代案があるから批判しているのではなく、嫌いだから批判しているの証左と言って良いでしょう。
「嫌い」という感情論を隠すために読者に論理的に正しいと感じて貰えるような内容を書いて、その場をしのごうとするから、サイババになってみたり、持論では持ち得ないはずの権利を行使したりしてしまうのです。
だから、自己矛盾にも支離滅裂さにも気付いていないで、これなら自己正当化に成功し、読者を騙せるだろう(本人は騙すつもりはないだろうけど)、とこんな記事を書いてしまうのでしょう。
あいつが嫌いだから反対、なんて言ったって、誰も聞く耳持ってくれないことくらいは誰にだって分かりますからね。
理由があって橋下市長の政策に反対しているのではなく、反対するための理由を探して論を述べるから、ハシズムなんてレッテルで貶めて、病名まで書いて橋下には賛同するな!(ちなみに面識もなく=診断したこともなく病気と判定するのは医師法だかなんかに反するそうですが)、と訳の分からない著書から始まって、それを取り繕うために、一貫性のない変な記事を書くハメになるんですね。
要するに、何を論じようと、どう言い繕おうとも理屈ではない部分が透けて見えるのです。
他の反橋下市長陣営の方々も同様で、論理的に討論することも出来ず、「それは嫌だ」とか感情論を振りかざすだけだから理解を得られないのです。
橋下市長を支持する人が多いのは、ただ話が分かりやすいから、ではなくて、香山氏のそれとは真逆に主義主張が一貫しているからです。
さらに、それを行うための政策に筋が通っている上に信念を持って実行する姿を既に見せられていて、かつ、その主張が支持者と大筋で同じであるからなのです。
分かりやすくても、筋が通らない話をし始めたら、そっぽを向かれることでしょう。
しかしながら、冒頭に書いたように、これを意識的にやっているとしたら彼女は相当な売名上手です。
これでネットでもかなり名が通ったはずで、また朝まで生テレビに出演する機会をこうして一度増やした(またギャラももらったことでしょう)わけですし、他の大学教授などとは違って、本業が精神科医らしいので(どこで医療行為をしているかなどの実態がよく分かりませんが)、彼女の言動に安心感を覚える患者も一定数いるでしょうから、この支離滅裂さによるダメージよりもメリットの方が大きいようにも感じます。
ただ過激性のある人気者に噛みついているだけだとあまり話題にならないでしょうが、そこにツッコミどころ満載の支離滅裂さを加えることで、瞬く間に話題の人となるわけです。
精神科医と公言して大丈夫な資格を有するはずであるほどの頭脳の持ち主なのですから、これが故意だとしてもおかしくないですね。
香山リカ氏おそるべし!(皮肉ですよ、もちろん)

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